友人がシャープのスマートフォンを早速購入した。これまで僕の勧めに応じてアイポッドタッチを使用していた。
このauから出るスマートフォンには僕も大変興味があった。シャープの株も持っている。auの会社であるKDDIの株も買おうとしたのだが、ここ2月ほどで値上がりして買えなかった。この機種の予約は20万台を超え、大ヒット商品となったようである。新物好きの僕としては、本来その一員であるべきなのだが、PDA(パーソナルデジタルアシスタント)評論家としての僕の考えでは、いくつかの懸念がある。
僕の予測としては次のようになる。これは一般的には使いこなすことができず、満足度は上がらない。逆に改めてガラケイ(ガラパゴス携帯:日本ならではの機能満載の従来型の携帯電話)の便利さや操作性の快適さが再認識される。
まずPDAとして活用しない人、ブログやツィッター、株やネットバンキングの利用者以外ではスマートフォンはあまり必要ないはず。必要な人には電池がもたない、アップルのアイフォンのように直観的な操作に至っていない、コンテンツが少ない、などいろいろな理由がある。致命的には最大のセールスポイントであるカメラやビデオなど機能を活用すれば電話をかける電池が無くなるということである。結果仕事で使う人には携帯電話との2台持ちが必要となってくる。
早速友人がシャープのスマートフォンを見せに来た。電池の残量がなく、仕事中でまだ電話をしなければならない状況で、電池が切れるのが怖くて、操作はできなかった。アイポッドタッチは今なお使用しているようで、2台持ちからは解放されていない。やはり僕の予想した反応である。スマートフォンは維持費がかかるが、アイポッドタッチは維持費がかからない。これとのガラケイ、2台持ちが一番便利なようである。
2010年11月30日火曜日
2010年11月28日日曜日
いよいよ師走
月末の週末、地鎮祭、契約、引き渡しと続いた。今週から忘年会などの夜の会合も連続する。はしゃがぬよう、「得意冷然、失意泰然」、まるで侍のように、厳かに過ごして行こうと思う。カナダ輸入住宅が、事業の柱に育ってきた。良いものは良い。総レンガ貼りは壮観である。30万エコポイントが付いて高機密高断熱、これは売れると実感する。2日は女性スタッフの2級建築士製図試験の合格発表、土曜日はまた地鎮祭。
日本がまだ高度経済成長を続けている頃、努力は報われて、明日は今日よりも良くなって、そんな中師走はとても忙しくあわただしく、しかしそれは新しい年の幸せの裏付けのようでもあり、活気が溢れていた。時代は移り変わったが、わが社は今もそうありたい、発展途上でありたいと、経営者として思う。
せわしさを 良しとぞ思う 師走かな
明日も良し 走れや走れ 師走なり
2010年11月20日土曜日
久々の台湾
キャセイ航空で福岡から約2時間半、同伴者がいればあまり苦痛を感じない範囲の時間である。この前ソウルに行った時も感じたのだが、台湾入国でも入管の手続きはスムーズでストレスを感じない。便利になったとくづくと感じる。ホテルではレストランや一部の客室では無線LANの環境が整っていて、簡単にメールのチェックもする事が出来る。本当に便利に、そしてボーダレスになった。
ボーダレスと言う事は平準化と言う事でもある。外国らしさと言うものをあまり感じない。セブンイレブンが有り、吉野家さえあ
る。以前来たのは10年近く前だと思うが、大きく違っているのは、ガイドの人と話しでは、中国人が非常に多くなったと言う事である。それはまたあまり喜ばしい事ではなく、中国人のマナーの悪さに辟易とした様子であった。台湾らしいもの、に檳榔とその販売方法がある。檳榔:ビンロウ、木のみである。「ヤシ科の常緑高木。マレーシア原産。幹は単一で,高さ20メートル近くになる。葉は長さ1~1.5メートルの羽条複葉で,柄が長く,幹頂に集まってつく。果実は長さ約5センチメートルの楕円形で黄赤色に熟す。熱帯地方では,未熟な種子に石灰をまぶしキンマの葉に包んでかむ習慣がある。」と大辞林にはある。沿道にはこの檳榔を売る屋台があり、風俗風の女性が客引きをする。一種の
興奮覚醒作用があると言う事で、ドライバーが色香に誘われ購入すると言う事である。前に来た時の印象はこの檳榔売りの屋台がもっと沿道に軒を連ねていた様に思うが、随分と少なくなった。NHKの海外の話題で紹介されていたのをみた事がある。写真の女性は楊貴妃や項羽の妻の虞美人にも勝ると今台湾で有名な檳榔美人との事であった。檳榔を噛んでみた、一瞬顔が火照り胸が締め付けられる感じがした。長距離ドライバーの眠気覚ましや肉体労働者のタバコがわりとして愛用されているとの事であるが、そういいものではなかった。レストランの朝食の風景を見ても感じるのは欧米や日本はビジネスマン、中国は団体観光客、と言った感じである。免税店でも日本人よりも中国人の方が声もでかく購買力もある様でブランド品を大量購入していた。
帰りは、早朝台北を出て昼に羽田空港着、セルコホームの全国総会に出した。株価も少しずつ上がり、日本経済も復活するか、ろ思いつつも、東京はあまり変った風もない。AIPECの影響で至る所に警官が立っていた。ただ厳しい警戒体制と言う風な緊張感は感じない。それでも駅周辺のコインロッカーはすべて使用禁止で、キャスター付きのバッグを引いての行動も面倒で、新宿に行ってみたが、コーヒーを飲んで早々に空港に向かった。
活気はなくても、田舎がいい、つくづくとそう思う帰宅であった。
2010年11月14日日曜日
iPadを買った。
遅ればせながら、iPadを買った。営業支援ツールとして使って見ようと思っている。直感的に、「良い」と思う。
アパートや分譲地の紹介、施工写真集や提案資料を効果的にプレゼンテーション出来る。ここ半年ほどiPod touchを使ってみて、Appleの商品のおおよその使い勝手が分かった。少数精鋭経営をどんどんとバージョンアップさせる。普通の女の子が工業高校建築科を卒業して、OLになって、二級建築士になって、iPad片手に接客し、最先端機器で足らざるを補い、営業し、年間10棟契約出来るようにする。
すべての社員が建築士や宅建の資格を持ち、接客し、打ち合わせをして、提案して契約をする。原価計算をし現場を管理し、満足をしていただきお引渡しをする。その有力な手助けにiPadはなるだろう。どこまで生かしきれるか、会社の能力(=経営者の能力)の見せ所、やるバイ、元気宣言!!
アパートや分譲地の紹介、施工写真集や提案資料を効果的にプレゼンテーション出来る。ここ半年ほどiPod touchを使ってみて、Appleの商品のおおよその使い勝手が分かった。少数精鋭経営をどんどんとバージョンアップさせる。普通の女の子が工業高校建築科を卒業して、OLになって、二級建築士になって、iPad片手に接客し、最先端機器で足らざるを補い、営業し、年間10棟契約出来るようにする。
すべての社員が建築士や宅建の資格を持ち、接客し、打ち合わせをして、提案して契約をする。原価計算をし現場を管理し、満足をしていただきお引渡しをする。その有力な手助けにiPadはなるだろう。どこまで生かしきれるか、会社の能力(=経営者の能力)の見せ所、やるバイ、元気宣言!!
2010年10月30日土曜日
ああ玉杯に・・・
恒例の東京六大学OB懇親会が開催された。校歌を歌いエールを交換し、楽しい青春の一時であった。各大学、40代から50代前半が「若い世代」であり、年々高齢化している様に思う。若い世代を入れなければと言うのが各校共通の課題である。かつては地方の地域に根ざした名門企業があった。建設業のみならず、ホテルやタクシー、自動車、運送、印刷、色々な業種にそれなりの会社があり、商工会議所や青年会議所などに人材を送り、地方経済を支えて来た。六大学の卒業生は国の根幹を支える人材を送るとともに、地方のこうした企業にも人材を送って来た。今、地方のそんな企業が倒産廃業を余儀なくされ、結果、六大学OB会がどんどん高齢化してしまう。その卒業生が、田舎に帰らなくなったのである。地方にはそれなりの職や引き継ぐべき家業が無いのである。
ちょっとダンディーなじいさんがいて、妙に頭の切れるオヤジがいて、カッコいい先輩がいる。聞けば早稲田のOBであったりする。今にして思えば、地方の厚みであったのだろう。さらに昔、「野菊の墓」の小説の頃には農村にさらに重厚な文化の礎があったのだろう。
来年は統一地方選である。市会議員に出る所謂若手は日頃どんな仕事をしているのだろうか。県議会議員は一頃は建設業者で占められていたが、今や県の許認可の福祉事業かもしくはや労働組合、二世議員の家業の様相である。
昔、「ああ玉杯に花受けて」と言う旧制高校の寮歌があった。
1. 嗚呼玉杯に花うけて 緑酒に月の影やどし治安の夢に耽りたる 栄華の巷低く見て向ヶ丘にそゝりたつ 五寮の健児意気高し
2. 芙蓉の雪の精をとり 芳野の花の華を奪ひ清き心の益良雄が 剣と筆とをとり持ちて一たび起たば何事か 人生の偉業成らざらん
3. 濁れる海に漂へる 我國民を救はんと逆巻く浪をかきわけて 自治の大船勇ましく尚武の風を帆にはらみ 船出せしより十二年
4. 花咲き花はうつろひて 露おき露のひるがごと星霜移り人は去り 梶とる舟師は変るとも我のる船は常へに 理想の自治に進むなり
5. 行途を拒むものあらば 斬りて捨つるに何かある破邪の剣を抜き持ちて 舳に立ちて我よべば魑魅魍魎も影ひそめ 金波銀波の海静か
2010年10月20日水曜日
受験モード
秋風が、ぐっと身を引き締める。次第に年も押し迫り、受験へのカウントダウンの音は大きくなってきた。受験モード突入である。
高校3年の息子、かつては東京の方には行きたくないと言っていた。地方国立大学志向である。通っている高校もどちらかと言うと国公立大学への進学を良しとする傾向があるように思う。僕の頃もそうであった。ただ僕は高校生になった時のカルチャーショックからなかなか抜け出す事だで来ず、成績は常にアンカーから10番以内にいた。で、最初から国公立の模範的範疇には入ることがなかった。
高校2年の時、あの名門ラサール高校から転校生が来た。当時彼の父親は佐世保市内に何軒かの映画館を経営していた。この「興行」的な分野は、いろいろな分野に「顔が効く」商売の様であり、その転校生、彼もやはり模範的な優等生ではなく、その対極に位置する存在であった。勉強は当然良くできた。しかもあまり勉強をしている風ではない。そんな彼と付き合う内に、僕も勉強が出来る様になって行った。一緒に勉強するなんて事はもちろん無い。なんせ彼は不良である。当時トゥデイと言う喫茶店があり、ミュージシャン系不良の巣窟となっていたのだが、そこにただ、なす事も無くもんもんとしながらたむろしていた。彼とは今も付き合いであるが、大学を経てソニーミュージックに勤めたのであるから、彼は不良では無く、ミュージシャンなのである。不良っぽく見えるミュージシャンなのである。
不思議なものでちょっとしたきっかけで成績は良くも悪くもなる。ただ受験への遅れはいかんともし難く、僕は国立5科目受験を捨て、私立3科目受験に活路を求める事とした。もちろん東京志向、「男は花の都大東京ばい」、とにかく東京の大学にいかねばならぬ、そんな感じであった。
そんなこんなの自分の人生を振り返ると、東京志向と言うのは「人生の気概」である様な気がする。地方国立大学も優秀でいいのではあるが、東京の有名難関校にチャレンジする、その気概だけでも見せてくれたらと思っていた。それが近頃、息子は、そんな事を言い始めた。またその難関突破のためにその攻略ポイントである「英語」の塾に通うと言うのである。
高校では夜の7時まで、自習室で勉強がなされている。その後の城山町の塾に行って英語のカリスマ教師のDVD学習を10時までする。僕は普段は酒を飲んで寝ている時間ではあるが、そんな息子の気概が嬉しくて、迎えに行く事にした。息子との帰りの車内での会話もまた楽しい・・・
高校3年の息子、かつては東京の方には行きたくないと言っていた。地方国立大学志向である。通っている高校もどちらかと言うと国公立大学への進学を良しとする傾向があるように思う。僕の頃もそうであった。ただ僕は高校生になった時のカルチャーショックからなかなか抜け出す事だで来ず、成績は常にアンカーから10番以内にいた。で、最初から国公立の模範的範疇には入ることがなかった。
高校2年の時、あの名門ラサール高校から転校生が来た。当時彼の父親は佐世保市内に何軒かの映画館を経営していた。この「興行」的な分野は、いろいろな分野に「顔が効く」商売の様であり、その転校生、彼もやはり模範的な優等生ではなく、その対極に位置する存在であった。勉強は当然良くできた。しかもあまり勉強をしている風ではない。そんな彼と付き合う内に、僕も勉強が出来る様になって行った。一緒に勉強するなんて事はもちろん無い。なんせ彼は不良である。当時トゥデイと言う喫茶店があり、ミュージシャン系不良の巣窟となっていたのだが、そこにただ、なす事も無くもんもんとしながらたむろしていた。彼とは今も付き合いであるが、大学を経てソニーミュージックに勤めたのであるから、彼は不良では無く、ミュージシャンなのである。不良っぽく見えるミュージシャンなのである。
不思議なものでちょっとしたきっかけで成績は良くも悪くもなる。ただ受験への遅れはいかんともし難く、僕は国立5科目受験を捨て、私立3科目受験に活路を求める事とした。もちろん東京志向、「男は花の都大東京ばい」、とにかく東京の大学にいかねばならぬ、そんな感じであった。
そんなこんなの自分の人生を振り返ると、東京志向と言うのは「人生の気概」である様な気がする。地方国立大学も優秀でいいのではあるが、東京の有名難関校にチャレンジする、その気概だけでも見せてくれたらと思っていた。それが近頃、息子は、そんな事を言い始めた。またその難関突破のためにその攻略ポイントである「英語」の塾に通うと言うのである。
高校では夜の7時まで、自習室で勉強がなされている。その後の城山町の塾に行って英語のカリスマ教師のDVD学習を10時までする。僕は普段は酒を飲んで寝ている時間ではあるが、そんな息子の気概が嬉しくて、迎えに行く事にした。息子との帰りの車内での会話もまた楽しい・・・
2010年10月10日日曜日
スマートフォン
一般的にスマートフォンを持っている人は別に携帯電話も持っている。2台持ちが主流である。シャープのザウルスを携帯情報端末として使用していたのだが、ネットの利用がここまで高まると、ザウルスでは対応できなくなり次第に使わなくなった。スマートフォンが良いな、とは思っていたのだが、「2台持ち」は僕の趣味ではない。いろいろと検討しiPod touchを携帯情報端末として購入した。非常に使い勝手が良い。そんな話をすると、「良いね、これ」と言う事で4人が購入した。
auからスマートフォンが発売される。スマートフォンに日本ならではの携帯電話の機能も加えられ「2台持ち」の必要がないようである。あとは使い勝手とアプリの充実度である。これが十分使い物になれば、携帯電話とiPod touch、両方を持つ必要がなくなる。
業務連絡:AuショップY本社長、新しいスマートフォンが来たら、モニター価格でください。携帯情報端末評論家および広告塔の僕が使って、良かったら必ず売れます。
と言うのもこのY本社長、この手の端末に暗い。結果、端末の優れた機能を使いきれず、徹底的に使い倒さなければ気が済まない僕が使ってそのよさを周りに広げた方が、商売繁盛に繋がる。「出たら僕もシャープのスマートフォンにしようと思うんです」とY本社長は言うのであるが、簡単携帯の広告塔になった方が良さそうである。
auからスマートフォンが発売される。スマートフォンに日本ならではの携帯電話の機能も加えられ「2台持ち」の必要がないようである。あとは使い勝手とアプリの充実度である。これが十分使い物になれば、携帯電話とiPod touch、両方を持つ必要がなくなる。
業務連絡:AuショップY本社長、新しいスマートフォンが来たら、モニター価格でください。携帯情報端末評論家および広告塔の僕が使って、良かったら必ず売れます。
と言うのもこのY本社長、この手の端末に暗い。結果、端末の優れた機能を使いきれず、徹底的に使い倒さなければ気が済まない僕が使ってそのよさを周りに広げた方が、商売繁盛に繋がる。「出たら僕もシャープのスマートフォンにしようと思うんです」とY本社長は言うのであるが、簡単携帯の広告塔になった方が良さそうである。
2010年10月9日土曜日
2010年9月27日月曜日
秋の夜長

肌寒くなって来た。いきなりの秋である。ソファーで人間の様に仰向けで寝そべるホームズに、お腹が冷えないよう、そっとタオルケットを掛けてやった。
今期も間もなく終わる。社業はまあまあの成績である。小さくても強い会社、と言うのが僕が描く理想型である。少しずつ近づいて来た。来季はいよいよ佐世保南部地区にモデル展示場を置き、同地域からさらに東彼杵3町へエリアを広げる。今期、女性スタッフ1名が2級建築士にチャレンジしており、12月には合格の朗報を得る事が出切るだろう。僕を含めて8人のメンバーの内6名が2級及び1級建築士となる。来年は残る2名も取得するだろう。
一人一人、全員が接客しプランを作成し、提案して契約する。さらに現場を管理し、受発注し、原価を管理出来る、そんな会社でありたいと思っている。それぞれに完結出来るので、一箇所の事務所に全員が集まるのではなく、広範囲にそれぞれのエリアの展示場を拠点として、常に接客しながら業務を進める。共有すべき情報や資料はクラウドに置き、それぞれにネットからアクセス出来るようにする。そんなイメージを持っている。
要するに、最小の人員、最小の費用で最大の成果を実現するにはどの様にすれば良いかの模索である。小さな会社の能力は経営者の能力そのものであると言われる。経営者の能力、「経営力」とは「実務力」、「財務理解力」、「経営戦略構築力」、「人材育成力」からなる。中でも人材育成と言うのが一番難しい。
いろいろと 考えるべし 夜長なり
温め酒 思案いろいろ 二三合
2010年9月22日水曜日
久々の韓国

韓国は久し振りである。前に行ったのは、オリンピックやサッカーワールドカップの前である。おぼろげな記憶と比べてみて、街も何となく落ち着いた感じがする。クラクションの騒音が余りしない。そんな話をするとガイドさんも、そう言えばそうですね、との感想であった。オリンピックやサッカーワールドカップを通して世界に通用する街づくりが進められた成果であると言う。その後の経済発展によって自信を持った韓国の人は何処となく寛容になったような気がする。増して韓流ブームで、日本人が韓国に憧れ沢山の観光客が訪れていると言う事が日韓友好に大きく寄与しているようである。
あいにく板門店の国境は北朝鮮の政情緊迫化により、軍事演習が行われると言う事で、観光できなかった。世界遺産を巡る観光となったが、行く先々、どこも暑い。韓国も異常気象で今年は特に雨が多かったそうである。プルコギもカルビ もサンチェと言うはっぱに巻いて食べるのだが、それが普段の何倍もの値段になっているそうである。そんなサンチェを何回かお代りをすると、不機嫌そうな雰囲気が伝わってきた。
地理的にも東京よりは近く、あまり「外国」を感じない。それでも日本が一番いいな、そんなことをつくづくと感じるのは年をとったと言うことなのだろう。いかんいかん、もっと自分自身に刺激を与え続けなければ、ドメスティックに安住していてはいかん・・・
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