2012年9月29日土曜日

モデルハウス完成ー土壁・炭の家ー

 佐世保市桧台に新しいモデルハウスが完成した。外周壁体を土壁で施工し、さらに天井と床下に炭を敷き詰め、自然素材の室内と相まって、すがすがしい住環境となった。
 来週には早岐地区浦川内町に、カナダ輸入住宅セルコホームのモデルハウスが完成する。消費税アップ前に頑張らねば。
 江迎町では商店街内の狭小敷地の店舗兼住居をガレージ付きの住居に改築している。少子化が進み現状においても国全体では住宅は世帯数を上回っている。既存のものをどうリノベーションするかと言う事は国家的な課題でもあるのだ。スクラップ&ビルドからスクラップ&リノベーションへ、時代の要請に半歩先を行きながら答え、社会の富の増加に資する事が、会社の役割である。社会に役割があれば、会社はつぶれない。ただそれだけの事なのである、とふと思う。
 9月末が決算、決算賞与は出せるか、次期にどれだけの受注を繰り越せるか、しかし、1年、早い、早すぎる・・・

2012年9月27日木曜日

アイフォン5、5年使ってみるか・・・

 そもそも物持ちは良い方である。深く大事に使う。車も最低10年もしくは30万キロ、は乗る。ハーレーも、おそらくずっと乗るだろう、事故さえしなければ。ゴルフ道具も至ってシンプル、ドラーバーとアイアン10本、パター、基本替えない、買わない。であるのだが、スマホがなかなかなじまない、色々と使ってみるが、なじまなかった。
 と言うのも、どうしてもアイフォンが欲しかったのである。アイポッドタッチに始まり、その良さをずっと実感していた。アイパッドに至っては秀逸な名品と言うか、モアベターではなくモストベストな機器である。それに大辞林と言う辞書ソフトを入れている。3000円位のもので、難しい漢字などは画面に手書きする事で検索する事が出来る。普通の辞書は読めなければどうしようもない。それに角川の俳句歳時記、これも同じくらいの値段。これがアイフォンでも共用できる。
 auでアイフォンを取り扱い始めたタイミングとアンドロイドスマホの交換時期とのタイミングが合わずに、何時かはアイフォンと思いながら、愛着も無く、使っていたのだが、アイフォン5で、やっと念願がかなった。5年、使ってみようか、と思う。
 そのアイフォン5、やっと肌合いがしっくりしてきた。アンドロイドと比べての実感は、アンドロイドが意外に改良されて使いやすくなっていたんだ、と言う事。マックVSウィンドウズ、みたいな感じになるかも、と思った。アイフォン5もどこか汎用品的な感じになっており、特異性のとがった部分が少なくなっているような感じがする。それでもシリ、は良い。農作業をしながら、ヘッドフォンで音楽を聴きながら、そのオーディオの操作、あるいは電話の受発信、メールさえイヤホンマイクでの音声指示でできる。電池も比較的長持ちする。
 いよいよ9月末、決算である。

2012年8月31日金曜日

街中活性化・・・

 若い頃から村おこし・町おこしの活動をずっとやってきた。祭りをやったり講演会や討論会をやったり。とりあえず40歳でJCが終わり、その後YEG、法人会青年部などが終わる。そんな頃から本業の経済活動、日常活動で、地域の活性化に資する事が出来ないか、常に脳裡に引っかかっていた。
 もちろん家を造る事、宅地を分譲し一団の集落を作る事、これも大変な地域活性化である。これはこれとして、あと一チャレンジしたい、何かをしたい、そんな渇望があった。
 それが形になりそうな感じになってきた。江迎の街中は商店街になっている。この商店街はかつて県北においては4か町商店街に次ぐ販売高があったそうである。要するに現在の佐々町以上の活力があった。一般的に土地建物の実勢売買価格は、固定資産税評価額以上である。発展著しい場合は数倍である事も多い。江迎の商店街では固定資産税評価額の方が高い。
 その一角、敷地面積40坪、建物床面積57坪の物件を今日、購入した。この商店街はどこもこの程度の内容である。かつてこの地区の土地は坪単価30万円以上で取引されたらしい。今、どの程度なら売れるのか、買う人がいるのか、この商店街には不動産屋の張り紙がしてある建物がいくつもある。何年も経過したようなはげかけた古びた張り紙は、価格が簡単には折り合わないことを示しているのだろう。
 例えばこの建物を解体して更地にする。解体費用はざっと400万円、400万円で購入し、400万円で解体し更地にすると、原価で坪20万円、800万の土地となる。商売が成立しない。購入費用はできるだけ安くすると同時に、解体費を下げる、解体しない、事からプランをスタートする。
 車2台のインナーガレージ、4LDKのお洒落な建物に劇的変身を遂げさせようと思っている。街中の狭小建物を民家再生し、2000万円前後の価格を設定し、20代30代に販売したい。もはや商店街の再生と言うのは後継者の問題を含めて無理に等しく、せめて街中の人口を増やす、子供がいる、そんな地域にする事が第一である。その事例、モデルを作りたい。

2012年8月16日木曜日

我慢比べ 負けて盆前 大掃除


 キュウリが成長期を迎えつつある。どんどんとできる。会社のみんなに分ける。それでもあまる。以前、大根が取れすぎた時にナフコで漬物用器を買って、一夜漬けに挑戦した事がある。その時の反省を踏まえ、工夫し、キュウリの塩漬けをしてみた。塩加減、が難しい。初心者の常として、入れすぎる。用器いっぱいに入れたキュウリも、何時間かすぎるとキュウリ自体から抜け出た水分に浸され、半分くらいの嵩になっている。ちょっと取り出して食べてみた。やはり塩が効きすぎているようだ。
 今回の工夫の第一は、コバエ対策。前回の挑戦ではコバエがたかり、中まで侵入し、食べる気が失せてしまい、すべて廃棄した。そこで今回、大きな袋で覆い、コバエの進入をシャットアウト、功を奏し、清潔な漬物となった。少々辛ら目、でもまあまあ、程よい酒の肴となった。

 わが家では、基本的に、掃除は、僕が担うべき大事な家事である。いつしかそうなった。散らかるに任せ、汚れるに任せ、我慢比べの様に日々を過ごすのだが、遂に耐えきれず、僕が、掃除を始める。わが家は住宅メーカーの社長宅と言う事もあり、当社の主力商品である自然素材の家づくりをしている。床材は厚み3センチの松の無垢材である。弊社展示場でも使っている。ご来場のお客様には、どうぞそのまま、素足でおあがり下さい、無垢材のやさしさをご体感下さい、とお勧めする。であるから、当然僕も家ではスリッパを履かない。しかし、妻と娘はスリッパをはいている。無頓着な息子と素足にこだわる僕が、素足である。無垢材の心地よさを知っている僕のこの素足が、ざらざらやヌルヌルに耐えかねて、掃除を始めるのである。盆正月前の掃除は特に大変で、掃除機をかけ、そのあと拭き上げるまで、たっぷりと一日かかる。
 掃除道具にも随分とお金をかけた。初期のロボット掃除機の廉価版の様なものも買った。充電式のハンディー掃除機も買った。使い物にならない。使わないと動かなくなった。ルンバを、買おうかなとも思う。しかしじっくりと考えてみると、ルンバが自由に動ける、掃除できる日が年に何回わが家にあるだろうか、となる。結局、ルンバに思いっきり能力を発揮させるための、掃除をしなければならないので、綺麗に片づけをして、掃除をして、綺麗になった後でしか、ルンバを動かせないという自己撞着に陥るのである。
 いや、掃除は僕の役目なんです。そう開き直れば、食後の皿洗いをしない事も、気後れしない。ここ数日、素足が気持ちいい。しかし娘と妻は、そんなここ数日も、スリッパをはいている。あえて、この感激を知ろうとしていないようである。

2012年8月8日水曜日

夕涼をめがけて棚田の草払い

 愛犬の散歩コースで見るような、日々の何気ない風景に時としてドキッとするような美しさを感じる事がある。
 梅雨の間は豪雨から畔を守るために、ある程度雑草を生やしておく。梅雨が明けると虫や病気の発生を抑えるために畔の草を刈り風通しを良くする。「今日はくるきりせんば」などと昔の人はよく言っていた。「くるきり」はたぶん「繰る切」で、「繰る」は長いものを引いて手元に寄せる、たぐるの意味で、長くなった草を手繰り寄せながら手際よく鎌で切ることの意味であるのだろう。
 昔農村では働き者のオバシャンが、朝露のした朝草の繰る切りをして、それが牛のえさとなり、イネなどへの好効果となり、美しい農村風景をを作っていた。今では農村に嫁ぎ、そんな働き者のオバシャンになる人などいない。農村青年がやっと50を過ぎたころから「魂が入ってきて」、親からの指示を待つまでもなく、自主的に草を刈るようになる。勤めが終わった夕方、ちょうど涼しくなった頃でもある。「夕涼(ゆうすず)である。
 この時間帯、あちこちで草刈り機の音、薬をまくミスト機の音が谷あいに響く。畔をこれほどまでに綺麗に仕上げるには「歯」の草刈り機ではなく「ひも」のやつでしなければならない。通称ブンブンマル、稲作派のこのオンちゃんもこれのなかなかの使い手で、仕上がりが実に見事、庭園を鑑賞しているような気になる。
 畑作派のオンチャンと稲作派のオンチャンが、見事な景観を作る。この景観と言う作物は、只で頂ける、ありがたいことである。

2012年8月6日月曜日

スポーツは日経

 大学生になってしばらくすると、新聞は日経を読みなさい、と次第にそんな雰囲気になる。で、とにかくまずは持ち歩く。まず面白くなるのは「私の履歴書」、そのうち何年かすると、ああ、やっぱり新聞は日経やね、となってくる。都会では当たり前のことではあるが、地方では決してそうではないようだ。日経を呼んでいると株の取引などの相場や先物など、胡散臭いかインテリか、の評となる。テレビのように情報を垂れ流すマスメディアの一部として新聞をとらえるならば、日経はその範疇ではない、情報を取りに行くツールの様な気がする。ただ「あれ、日経読みよると」と聞かれ、いちいちそんな私見を開陳するのも煩わしく、「いや、スポーツ欄が良いんですよ」と答えるようにしている。
 ところが、本当に日経のスポーツ欄が面白いのである。前々からそう思っていたのだが、間違いなく、日経のスポーツ欄のファンは多いはずだ。以前、阿刀田寛のサッカー記事についてFBに書き込んだら、学生時代の友人兼師匠の浅野目氏より「阿刀田寛の文章のファンが集まるサイトがある」と連絡があった。新聞のスポーツ欄はスポーツの内容結果を伝えるものではあるのだが、日経ではそれに種々の情報さらに人生観など物語仕立てで加わりまるで短編の小説を読んでいるような気がする。
 あえて阿刀田寛氏にかかると、と言わないのは、近頃日経のサッカー記事は岸名章友氏が書いている。これもまた良い文章である。阿刀田氏は柔道の記事を書いている。日経のこのスポーツ欄の部署は多士済々であるようだ。

2012年7月30日月曜日

タカダヨシヒコ:テイクファイブ


 二日酔いでグワイが悪くなければ、5時半ごろ目を覚ます。これまではまんじりともしないで、起きだすべき時刻を待っていた。ふと、これはもったいない、と考えるようになり、本を読むか、畑に出る。晴耕雨読である。昨日もスマホで音楽「吉田拓郎」を聞きながら、柿園の草を払い、キュウリにネットを張った。キュウリは種をまいていたら10本ほど、苗が成長している。かつてゴルフの練習のために使っていたネットが役に立った。良い感じ、キュウリ、大量の予感。
 夕方、5時からは伊万里でサックス教室の発表会。僕の出し物は、尾崎豊の「I LOVE YOU」。男にとって楽器の対象は女性である、と思う。もてたい一心、である。尾崎の歌声のように切なく優しく、抱きかかえるように、吹きたい。これをものにできればそれをものにできる。あれがものになるうちに、それをものにしなければならない。なにがものになるうちに、なにをしなければならない・・・

 僕がサックスを始めるきっかけは、このタカダヨシヒコである。佐賀と伊万里に櫓庵治(ろあじ)と言うおしゃれな店があって、そこの社長である。その店で時々酒の会や、ワインの会と音楽をセットにして、色々な企画をしている。そして自らサックスを奏で、ソムリエの勉強などしている。愛車はBM、向上心旺盛で、かっこいい。出会った当初、25年ほど前は、着古したスーツのズボンの膝から下をチャン切って、ベルトは荒縄、やはり着古したワイシャツ、これは当時農家のオンちゃんのユニホームのように一般的であったのだが、そんな姿でトラクターに乗っていた。そんな彼のテイクファイブ、これだ~



2012年7月27日金曜日

夏草に 負けぬオンチャン 七十路(なそじ)前

 自宅の入口の両脇に広い畑がある。耕作放棄地である。雑草が生い茂り、出入りの都度、心までが荒れた感じになっていた。その畑を数年前から、松原さんと僕で、管理するようになった。
 松原さんの本業は電設工事、今は息子さんが社長を継いでいるが、相当の経験を有する技術者である。時に重機が入って入念に畑が整備される。しかしいわゆる農民ではない。当初はうちのバアサンや通りがかりの地区の「農民」が熱心な松原さんに良きアドバイスをしていたが、今やこの地区に松原さん以上に熱心な畑作農民はいない。たまの休みに畑に出ると、松原さんより営農指導を受ける。
 僕は玉ねぎ、じゃがいもを収穫した後はたまに草を払うぐらいで、夏場は休耕である。広い畑の一部にネギ、なすび、キュウリを僅かに植えている。それでも夏草に、負けそうである。対して隣のオンチャン:松原さんはみずいも、黒だいず、いも、キュウリにトマト、なんじゃかんじゃ、栽培されている。写真手前が隣のオンチャンの畑、その先が僕の畑。この夏草に負けないオンチャンは、70前である。
 夏草に 負けぬオンチャン 七十路(なそじ)前

2012年7月26日木曜日

病葉(わくらば)の 影に微笑む 瓜の花

 「種」からのキュウリがしっかりと育ってきた。名人農家はまずポットに播種し、苗を作り、苗を畑に植える。手間暇をかけるのである。週末ずぼら農業の僕は、直接畑に種をまいて、そのまま育てる。発芽率はあまり良くないのだろうが、案外よく育つ。トマトやナスなど、夏野菜では直播で育つのはキュウリだけかもしれない。肥料はたい肥、農薬はかけない。「結果無農薬栽培」である。
 家庭菜園のキュウリは店舗で購入するものに比べ、とげがチクチクとし、ぬめり、においが、ある。生きている野菜の生々しさがある。

 病葉(わくらば)の 影に微笑む 瓜の花
病気や虫のせいで枯れそうな葉の向こうにひっそりと黄色い花が付いている。たくさん取れそうな感じ。本陣のもろみでモロキュー、吟醸酒、日本の夏である。

2012年7月11日水曜日

1Q84読了&その次

約1週間での読了となった。さすが村上春樹、とても面白い小説である。ある宴席でこの本が話題となり(たぶん僕がこの話題に巻きこんだのだと思うが)、当時読んだのだが、難しいというか分かりにくいというか、との感想をある人が言った。流行の、話題の真っ最中に高価(文庫本の2倍以上の価格になる)なハードカバーで読めば、何となくそうなるような気がする。「半歩遅れの読書術」なる書評がとある新聞には掲載されているが、この手の小説は、文庫本が出て、それを携帯し、自分なりのリズムで読むのが、やはり良いようだ。
 現実の世界、例えば1984年を生きていて、同時進行する別の世界1Q84に入り込む。この別世界は、それまで生きてきて経験した現実の体験から生まれたものであり、日々経験や体験は積み上げられたり上書きされたりして、仮想や幻想のようでありしかし、全く根も葉もないことではない。俺は子供の頃、勉強も一番、喧嘩も一番、走っても一番やった、なんて言う人がときどきいる。周りの評価や現実がどうであれ、もしかしたら試験で一度くらいはものすごい達成感で上位に入った事、喧嘩で下部リーグの戦いで山崎邦正の様なヘタレに勝った事、運動会で鐘がなったら逆走すると言うルールの駆けっこで運命の鐘で逆走しダントツの一位になった事、があったかもしれない。面白くない事は時間とともに忘却の彼方へ、そして残った事は経験に裏打ちされた真実として、脳の大きな部分に鎮座する。現実の人生と言う世界と、現実を脳が若干加工して出来ている自分がヒーローの世界、仮想なのか幻想なのか、しかし事実なのである。
 酒を飲むと現実とそんな世界が交錯する。以前ブログアップした「世評・・・考」のようにフラッシュバックした思い出があまりにも鮮明で具体的で、それはひょっとしたら脳がノスタルジーを求めて作りだしたフェイクなのか、現実にあった事なのか、自分でも分からなくなったりする。その頃を時代考証したり整理したりしてみると、現実の出来事である。いつでもどこでもモテモテで、俺の人生最大のモテ期が今かよ、しかし考えてみたらおれが持てないはずは無い、家庭を取るか、女を取るか、悩んで、深く悩んで、悩みが極限に達し、何かがおかしいのに気づく、これは夢である。子供の頃隣のみのるちゃんと遊んでいて、田んぼの畦から水路に立ちションをする。みのるちゃんをすぐに終わって他の遊びの輪に合流する、僕も早く立ちションを終え遊びに戻りたいのだがなかなか終わらない、遊び終わってみんな帰り始めても終わらない、困りが極限に達し、ちょっと待て、そりゃなかろ、と気づいた瞬間夢の立ちションは現実のオネショに代わる。あまりにもリアルな夢、夢のような現実、夢であってほしい現実、現実であってほしい夢、交差しながら進行し、同時進行する別の世界はあまりにもリアルである。最終的には「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢」のようにすべては夢なのかもしれない。
 1Q84の世界に入ると、月が2つ現れる。僕もそう言うときがある。酔っ払いである。みんなリアル人生の他にそれぞれの1Q84を持っている。友人のY下Y生君は1Q84的世界に入りその喜びを極秘に独占しようとする時、話し声が小さくなって、眼が三角になる、目がヒラクチの頭になる。またヤアモト君は気分がすぐれない時何かの錠剤を服用しているらしく、それを飲んでさらにレオピンと言う強壮剤を飲んだら、合わせ技一本で1Q84的世界に突入しその支配者になって君臨する。とまあ、1Q84をそう難しく読まず、この程度に読了した次第である。
 「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか」と言う本が出ている。ハードカバーで分厚い、筋トレができそうなくらい。これが文庫本になるのを待っている。何と先に漫画になりそうな話もある。