2013年10月27日日曜日

百姓とは

 言わば百の姓を持つ、という事で、色々な事が出来ないといけない。大工、土工、機械工、本業の農畜産以外に色々と出来なければならないのである。で、僕も色々と自分でやって見る。しかし専門知識がないので、なかなかうまく行かない。
 今日のまず第一の仕事はチェーンソーの始動。エンジンがかからない。この場合原因はエンジンに電気が行かないか燃料が行かないか。プラグを外して点検して見るとどうもスパークしていない。早速ハーレーでナフコに買いに行った。取り替えてやって見る。なかなかスパークしない。おかしいな、しかしこれから先の修理は迎農機に頼むしかない。そうそうOFFにしたままだった、ONにして試してみる。お、スパークするる。プラグをセッティングして何度か始動、OK、エンジン気元のいい音。
 ひょっとしてエンジンがかからない原因は単なるONOFFか。エセ百姓だから、こんな事良くあるんです。

2013年10月25日金曜日

農機具倉庫を作る②

 パイプ倉庫のキットをセットで購入した。58,000円、高くはない。作業手順書を見ると2人で組み立てるのが標準の様である。僕の自称イグノーベル賞候補の「長男の法則」に、これはぴたりと当てはまるのだが、元来、僕はこう言うのが嫌いであるし、苦手である。。男児の成長過程で訪れる「作成(プラモデル、木工、機械いじりなど)」欲求を長男から取り上げられもしくは迫害され、次男以下はこの手の作業が苦手でざ~とした取り組みしかできない。僕の場合、この手のものが来たら、まず箱を開け、中身を出し、必要物以外は全部捨てて、すっきりとさせる。我流で作業を進める、途中で詰まる、やり直す、を繰り返す、揚句に詰まる、で捨てたものの中に設計図があるはずと探す、見つける、設計図が理解できない、どうしても分からないできない場合は販売者に電話して聞く。標準以上に時間もかかる。
 で、職業柄か、また長男の影響力を受け流す年代になったためか、そうした性分が少しずつ修正され、作成の楽しみもおぼろげに分かるようになり、まずは設計書をしっかり読むようになった。作業工程をシミュレーションし、必要なものをそろえ、作業に当たっては腰ポケットにあらゆる必要道具を収納し、手際よく、そして何事も一人で完遂する様にしている。知恵を使って、一人でやり遂げるのである。複数で作業をして船頭多くして、のああだこうだ、が我慢ならない。じっくりと考えながら、一人でやるのである。
 まず縦パイプを1本打ち込む。これを基準に長方形の形になるのだが、地面平面に縦横の直角を出すのに、三平方の定理を応用する。そして左右それぞれ6本のパイプを建てるのだが、その高さを揃えなければならない。細いパイプに水を入れ、その両端の水の高さが同じになる原理で高さを合わせていく。水盛りと言うやり方である。直角も水平も本来は2人でする作業なのではあるが、知恵を使って一人でするのである。ここまでできれば後はパイプをはめるつなぐ止める作業を設計図に基づいてやればいい。天幕をかぶせるのも、一人で何とかできた。ほぼ丸一日、なかなか満足の順調な作業の流れと出来栄えになった。男としての価値が上がったような気がした。取り敢えず自宅の外屋軒先に使いにくく縦列に押し込まれていたモア2台に管理機を格納、これから大型のテーラー、キャリーが収納される。さらに収穫物が入るスペースもあるようだ。あとで大風対策に会社で余ったサイディングで防風の盾でも作ろうかと思う。



2013年10月22日火曜日

農機具倉庫を作る①

 農機具は一般的に、立体的に収納することができず、非常に嵩張る。しかも一台一台が大きい。限られたスペースに手際よく、整理整頓して格納するのだが、いざ使おうとすると、一番奥にあったりで出しずらく、手前の農機具を移動しようとしたらエンジンがかからなかったりと、何とも、農作業全体の効率さを悪くしている。折角の農機具もあまり使わなくなり、いざ使おうとすると、エンジンがかからない原因ともなる。農機具で大事なことは徹底的に、使うことである。で、使い勝手がいいように農機具を格納する倉庫を作ることにした。それは立派な倉庫である必要はなく、畑の近くで、農機具をすぐ出してすぐ使える、環境でなければならない。むしろ畑の一隅に設置すれば最も効率的である。簡易のパイプ倉庫がそれに最適である。
  一月ほど前にジャガイモを植えた。自分が所有していた種イモに加え隣のオンチャマが、同じくらいの量の別種の種芋をくれた。オンチャマはたびたび豆やその他いろいろの種や苗をくれたりする。このオンチャマには働き者の奥様の他子供、孫、果ては電設会社の従業員と重機など戦力が豊富で、一人でちまちまと趣味の農業に勤しむ僕を心配してくれる。いただく種苗は無駄にもできず、かといって僕一人で栽培し草を取り収穫することはなかなか難しく、植えはするものの、日増しに伸びる雑草に心が暗くなり、遂には草に制圧され全滅し心までが砕けてしまう。「キタノ君は熱心に植えるバッテン、あんまり収穫するとこ、見たことなかね」とオンチャマも心配してくれる。ジャガイモをもらって、植え終えた夜には、収穫をシミュレーションする。この時期、雑草には負けない、しかし、この手の地中物の収穫はきつい。スコップか、クワか、どちらにせよ大変だ、ゴボウやサツマイモよりは楽だけど。で、テーラーにスキをつけてじゃが堀をしようと、考えた。以前やった時にはテーラーのタイヤが滑って、土を鋤く事が出来なかった。タイヤを鉄車輪に変えてやってみようとしたのだが、倉庫から畑までのコンクリート道を鉄車輪で行くのに、衝撃でコンクリート舗装は割れるやら手や肩がしびれるやらで、この方法も大変だ。このテーラーはタイヤで作業することはほとんどない。常に鉄車輪を付けて、畑のそばい置いておけば、何かに使える。
 そんなこともあって、畑の横に簡易倉庫と相成った。









2013年7月31日水曜日

土用干し 溜まったままは 膝の水

江迎から松浦に向かう途中、支流があり二つの谷に分かれる。松浦に向かって左手が中尾地区、右手が深川地区となる。中尾地区に比べ深川地区はずっと奥まで谷が続き、その行き止まりの急峻な谷に水田が張り付いている。そんな作場に育てられ、概して僕の地元・深川地区の人たちは働き者が多い。その二つの支流が合流するあたりの洲の水田では、中尾地区深川地区の農民が時として隣り合って農作業をする。
 そんな時、深川地区でも名うての働き者のユーおんちゃんに中尾地区の中核的理論派農家のある人が
 「そがん働かんばなら、月夜の時に一日中働けば!」と言われたらしい。
地区の寄合などで、「こがん事言われてさ」と始まった世間話、しかし「あっちの稗(ひえ)、凄まじかよね」と、みんな、毎年の事ながら感嘆している。あの稗に覆われた水田、深川地区ではありえないことなのである。
 そんな深川地区の谷合も、そのとっかかりで共済組合組合長のおんちゃんが驚異の粘りで先端機械化農業で棚田を維持しているものの、その途中、後継者不在で、ぽつらぽつらと荒れ地が増えてきた。深川地区最下流のユーおんちゃんの田、まるで庭園のように畔の草が土用干しに合わせて刈ってある。この時期水田の水を落とし、地割れが走るくらいに干し上げる。稲の生育、収穫時期の作業効率、いろいろな面でこの土用干しの効果はてきめんである。
 ユーおんちゃんは耕耘、水溜、アラグレ、うえしろ、田植え、などなどずっと働き通し。田に水をためようと頑張ってついに膝に水が溜まってしまった。田の水は落せても、ひざの水は抜けない。僅かに片引く足が痛々しい。
 土用干し 溜まったままは 膝の水
 季語の土用干しは、衣類や書などに涼を入れる虫干しの意味で、水田の中干しの意味は無い様ではあるが。

2013年7月3日水曜日

楊梅(やまもも)

 ナツメや柿や楊梅(ヤマモモ)、子供の頃、野山を駆け巡ってそんな木の実をよく食べた。楊梅がたわわに実ると、そんな昔を懐かしく思い出す。楊梅の表面のざらざらで口が痛くなった事、夜お腹が痛くなった事、誰しもが経験したことである。
 松田九郎先生のもとで政治修行をしている時、驚くべき事は多々あったのだが、昼食のお膳に、この楊梅が小鉢に5、6個入っていて、それに醤油をかけて、これが“おかず”になって、先生はおいしそうにご飯を何杯も食べて、と言うのも驚きの一つであった。松田九郎先生以外に楊梅をおかずにする人を見た事が無い。どの地域の習慣なのか、時々気になる。
 楊梅(やまもも)を 3個頬張り5個握り
食べきれない数の実が成っていただろうに、欲張って食べていたな~

2013年7月1日月曜日

富士山を目指して①

 夕方から2時間半ほど、遠回りに白岳周辺へとウォーキングした。富士登山用の靴の足慣らし、妻が富士登山に耐えられるかの確認、そして数時間の妻との会話の練習(?)などが目的である。初心者用ガイド付き8合目山小屋付のプランを申し込んでいるので、あと2回ほど同じような訓練をすれば、頂上を極める事は出来るだろう。
 子供たちが少しずつ巣立って行く。今年はそのラストイヤーで、来春からは夫婦二人の生活が始まる。結婚21年、これを機会に共通の趣味を持ち有り余る時間を楽しく過ごす、工夫をしなければならない。世界遺産などめぐる旅もいいかな、何て話しながら歩いてみた。意外に楽しく歩けたことに人生の喜びが大きく広がったような気がした。
 「暦(こよみ)」と言うアプリがあって、24節気72候のカレンダーである。候が変わればお知らせマークがつく。今日から5日間ほどが「半夏生(はんげしょう)」となる。夏至から数えて11日目であるそうな。半夏(烏柄杓)と言う薬草が生える頃であるそうな。半夏の葉が半分白くなって、「半化粧」みたいな意味もあるような、薬草では無く「毒草が生える多湿で不純な頃」と表現されている場合も多い。この日天から毒気が降ってくる、ハンゲと言う妖怪が徘徊する等ともいわれ、不浄を行わず、淫慾を犯さず、五辛酒肉を食わぬなどの物忌みの日である。梅雨の鬱陶しさと相まって何となくおどろおどろしい感じがする。そう言えば玄侑宋久の中陰の花って小説が、そんな感じでは無かったかな~。
 そんなこんなの人生を乗越えたのか、五十路は人生の秋、たとえ過ごしにくい梅雨の今も心は秋晴れ、常に心地よい日々を過ごす事が大事である。
 携える五十路(いそじ)楽しや 半夏雨

2013年6月29日土曜日

六月の雨・・・

 ぼつらぼつらとトマトが成り出した。昔のトマトはおいしかったよね、なんてこと、良く聞く話である。確かにそんな印象は強い。確かに店で買うトマトは品行方正の優等生ではあるが味が薄いような気がする。しかし、菜園のトマトは、そこそこに、うまい。不揃いで、売り物にならないようなトマトであるが、“ちゃんとした”塩で食べると旨い。懐かしい昔の味が口の中に広がる。ヘタに“ちゃんとした”塩を着けて何回となくしゃぶる。そうか、トマトの味が薄くなっただけではんなく、塩の味もしなくなったんだな、と気付く。
 6月の終わりころに降る雨を「半夏雨」と言ったりする。二四節気で「夏至」の七二候で「半夏生」に降る雨。大雨になり、梅雨の間の水分をたっぷり含んだ土が、最後の大雨で土砂崩れを起こしたりする。梅雨の最後の大雨、最後に大雨が降らないと梅雨が明けない、そんな大雨を田舎の人は「ハゲ雨」とも言っているような気がする。半夏雨がハゲ雨に土俗化したわけではないだろうが、うっとおしい雨雲をはぎ取る雨、そんな感じで、「ハゲ雨」の表現は心地いい。たぶん、この時期、かつらを取った時の爽快感と、重なるのではないかとも思う。ちなみに僕はかつらではないが・・・
 「虎が雨」と言う表現もある。陰暦五月二八日に降る雨とある。何となく激しそうな印象であるが、曽我兄弟の仇打ちの話の、その曽我十郎の妻:虎御前の涙雨で、しくしく、しとしとである。「虎が雨」を季語とした俳句はなかなか味わい深い。「共感」があるのだと思う。
 虎が雨 昨日の事は 過去の事
 もうすぐどっちゃりとハゲ雨が降る。例年激しい雨に打たれ、跳ね返った土にまみれてトマトは全滅する。“ちゃんとした”塩を何度も何度も付けてヘタをしゃぶった、そのおいしさが、印象に残る。

2013年6月25日火曜日

六月は・・・

冷たい冬から春になり、凍りついた心も解放され、弾み、しかしやがてじめじめとした梅雨を迎える。浮ついた心が行き場のない陰に籠ったり雨に叩かれ厚い雲に押し潰されたりする。心にぽっかり空いた穴、穴と呼ぶにはあまりにもでかい。心以上にでかい穴が心に空く。空に形容できるくらいでかい、重く灰色の6月の空のようだ。
 太宰治もこんな6月に心中した。4、5、6月は統計的にも自殺者が多い。
相変わらず、僕らしい、凡庸で素直な句である。自分的には、好きだな、と自己満足する。
 そんな6月、瞬間的に富士山登山を思い立ち、PCで検索し、空きを見つけ申し込み、飛行機を手配した。実はここ4、5年、富士山に登らねばとの使命感は焦燥感にさえなりつつあった。3人の子供の最後の高3生が7月下旬から、1週間、学校の勉強合宿に行く。富士登山を今まで実現できなかった理由は多々あるのだが、長男長女が大学、次男が合宿と言う、かつてない時間の余裕ができて、その事に気づいたら、すべての予約を30分で完了した。
 これからの人生の為に、雲を突き抜けて見ようと思う。六根清浄六根清浄、唱えながら、青い空に向かっていこうと思う。

2013年5月26日日曜日

梅雨前のひと時

 ツツジを電動の  バリカンで刈り込み、次に畑で空豆の収穫。平穏な一日がすぎて行く。長男長女が大学に行き、家を離れ、やっぱり時間の余裕が出来たのだろう。例年雑草に制圧されて収穫に至らない僕の農園生活も、楽しみながら余裕を持って収穫期を迎えている。
 農業は一連の作業の中で収穫が一番疲れる。これから玉ねぎ、ジャガイモの収穫となる。腰が痛くなる。ゆっくりゆっくり、やろうと思う。iPhoneで音楽を聞きながら。
 初夏の陽気と作業に汗ばみそこに一陣の涼風、紋白蝶までがひらひらと風情を醸し、そんな時はふと仕事のアイデアも浮かんでくる。経営の差は知恵の差、知恵の差は社長の差、そう言われるのであれば、やってやろうじゃない、その差を見せてやろうじゃない、何て空豆の木陰で豆をむしりながら、マイワールドに入っている。
 さて息子を部活に送って行くか・・・