2013年1月29日火曜日

九大と東大と東工大と・・・②

 センター試験が終わった。全体的に国語と数1が例年以上に難しかったようである。長男も長女も国語はそこそこ、数学は長男は理系であり、長女は文系の割には得意科目、である。長男は国語で予定に40点足らず(200点満点)、長女は全国平均をちょっと上回った程度である。数学は長男はなんとかこらえたものの、長女は国語並みの落ち込みで、センター試験が終わった瞬間、両人とも全てが終わったような感じではなかったろうかと思う。長男はセンター2日目が終わった夜、すでに大学生となっている友達と夜、食事をし、東大から東工大への進路変更を決めたようであった。
 翌日、長男と電話で話し合った。
「東工にする」、と長男。
「そうか、分かった、そっちが良いかもね」と答え、
「ただね、もうちょっと待って、今年ものすごく平均が低いらしい。で、去年足切りが770点やったけん、その換算で800超えるのを目安にしてたけど、今年の足切りから3、40点超えてたら、東大受ける」
「そうか、でも早めに方針決めて対策せんと間に合わんやろ」
「そうけどさ、ただね、今東大の数学でさえちょっと詰まり気味とに、今から東工の数学に対応できるかって問題もあるし」、との事であった。
 日本の大学制度は、東大を頂点に正確な偏差値の階段が刻まれているものと思っていたが、どうやらそうではないらしい。このクラスの大学では偏差値による大学のランク付けはむしろ必要ないようである。それなりの特徴があり、入試と言う学生選抜においても、その特徴に合う学生を選ぶと言う事が徹底しているようである。俗に日本のエリートは「東京一工」と言うらしい。東大京大一橋東工の4大学である。東大のトップクラスは別として、その世界では東大生なら京都、一橋、東工を受ければ受かる、ものではないようである。その大学を目指し、そのための準備をしなければ受からない。センターで点が足らずに東大から降りてきても、ほとんど受からない、そうである。そもそも「降りてくる」ものではないのである。長男の場合、一浪の頃から東工大は常にA判定が出ていた。東大には出ない。しかしここで東工大に進路を変えてA判定だから通りやすいと言うのは、当事者以外、しかもその世界を体験していない者の意見でしかないようである。
 東大はセンター試験900点満点を110点満点に圧縮し、それを持ち点にして、二次試験では理系の場合英語、数学、理科が120点、国語が80点、合計550点満点となる。東工大はセンターで600点を超えれば受験できる。センターはただそれだけのことで、2次試験だけの評価となる。数学300点、理科300点、英語150点の750点満点。その試験時間たるや数学で180分、理科は例えば物理・化学で120分120分の計240分。日本で一番長時間の過酷な試験とも言われているようだ。東大と東工大、どんな学生に来てほしいのか、この入試の仕組みを見ると、なるほどと理解できる。
 さて、どうするか・・・
 

2013年1月26日土曜日

九大と東大と東工大と・・・①

 2年前、長男が九大に合格した。本人には意に沿わない大学なのではあるが、しかし名門である。センター利用で明治の工学部には合格していたが、九大とは比べようがない。早慶に落ち、九大に行く事になったのである。入学に際し福岡での一人暮らしの家財道具を買うために、付近のナフコなどを回った。
「大学に入って、一人暮らしですか、えっ、九大ですか」とレジのおばちゃんまでが、長男のチャライ風貌と見比べ、驚く。それほどまでに長男がチャライのでは無く、福岡、或いは九州においての九大ブランドは圧倒的なのである。その事を実感した。その九大を、5月の連休を前に、辞めると言いだした。辞めるのは止めろ、と説得はしたのだが、本人の意思は固い。しかし実は、自分自身、それでも良いという思いがあった。この長男の何の苦労もしていないわがままな性格に、田舎の優等生のプライドを加えたら、将来どうなるのかな、まさに危惧である。全国レベルどころかこれからは海外さえも普通の仕事場である。そんな将来を見つめれば、今あえて苦労を選ぶのであれば、それも良し、と思ったのである。
 浪人1年目、東大のセンター試験足切りはかろうじてクリアしたものの合格ならず、また早慶もダメ、想定外の2浪生活に入った。初めての挫折のようであった。その後今日に至るまで気の緩み、ダレ、マンネリ、12月を過ぎたころからの不安感、焦燥感、危機感、そして恐怖心、それらが重くのしかかっていたようである。ただ親の目にはその経験が、長男を少しずつ大きくさせている事を見る事も出来た。この長男には九大もダメ、それを止めてすぐに東大・早慶に入るのもダメ、今のようにプレッシャーに押しつぶされそうになり、さらにそれを克服する事こそが是非とも必要であったようである。
 センター試験が終わった。800点取れなかったら東大から東工大へ進路変更、を長男と決めた。浪人1年目は、東工大に行くくらいなら早慶に行く、と平然と言っていた。僕もそうね管直人が出たとこなんて止めとけ、と言ってはいた。しかし東工大についてホームページで調べてみるとなかなか優秀な大学である。教育環境、学費、早慶とは比較にならない。長男も成長しそれまでの表層的な大学ブランドからの視点から解放されたようである。大学に入れば例えば海外留学も普通にあるだろう。親の経済的な負担や教育環境、どう自分が伸びていくのか、そうした事を考える事が出来るようになったようである。一般的には普通の事のようではあるが。
 東大と東工大の話へと・・・続く。

2013年1月7日月曜日

去年今年 貫く螺旋の如きもの

 原文は「去年今年(こぞことし) 貫く棒の如きのも」(高浜虚子)である。解釈は読む人それぞれである。新年とか旧年とか、何となく正月になると改まるのだが、単に昨日と今日にすぎない、何も変わらない、と言ってるように僕には思える。「棒」と言う字から、何の変哲もなく、昨日と今日の違いだけじゃん、新年を大仰に取り扱わなくてもいいじゃん、そんな感じで受け止められる。しかしまた「棒」と言う文字から「心棒」を連想し、大事なのは日頃の心の中のぶれない基本、じゃないの、何が新年の決意なのよ、と言ってるようにも聞こえる。
 長男が大学1年生から浪人1年生となり、浪人2年生として新年を迎えた。足踏み状態である。しかし長女は高校2年生から3年生へ二男は1年生から2年生へ進級した。今年は予定では大学生が二人になり高3の受験生が一人になる。トップランナーが停滞すると何となく全体が足踏みしているように感じる。しかしみんな成長している。
 去年と今年、何の変哲もなく繰り返しているようであるが、少しずつ成長している。螺旋の様なものに突き抜かれ、或いは螺旋構造の時間軸の中で、時に気付かないほどに緩やかな坂道だけど、登っている、成長している、のである。

仕事では、ここ数年かけて輸入住宅とリフォーム分野を育ててきた。この取組みの延長、螺旋構造を一段上り、輸入住宅では土地建物2000万円未満の建売住宅をメープルタウンとして街並みともどもに売って行こうと思う。リフォームでは同様な価格帯でリノベーションハウスとして、民家再生し街中の活性化の事例提供としたい。江迎で再生中の民家は頑丈にできていて、味のある小屋組みがあり、その部分を見出しでするようにしている。
 生活面ではハーレーの安全運転とそれっぽくメカの話ができるようになる事、サックスはジャズとビートルズナンバー。ゴルフは2回に1回は90を切る。
 1月12日に累積点数5点が戻る。19、20日がセンター試験、2月は私立の試験と発表、下旬に国立、3月入学手続き、家探し、4月入学式、忙し忙し・・・