2014年11月7日金曜日

たどり着いた俺流システム手帳

何十年来の電子機器派である。ザウルスも何台となく代を重ね使い続け、携帯も徹底して使いこなしスケジュール管理はもとより音楽も千曲ほどは収まり、ブログの編集投稿なども携帯一台で完結していた。スマホになりタブレットになり、進化する機器をどこまで活用できるかと言うのは、趣味以上に、大げさに言えばある意味生き方の一つのテーマであるような気もする。
 デジタル機器は記録を大量に残すことが出来る。写真などがその典型であるのだが、意外にその典型の写真以外は、瞬時に流れていくような気がする。紙の記録の様にはフィードバックできない。iPadをシステム手帳として活用できないか、随分と研究した。手書きノートアプリを組み込んでやってみたが、タブレット画面への書き心地が悪い。簡単な物からブルーツース方式の高価なペンも試してみた。書き心地もさることながら、何となく煩わしい。おそらく書き込んでも振り返って見ることはない。ただ単に、そこに記録しただけで、記録した内容は記録した事実と共に忘れ去る。しばらくしてそのアプリ自体を使わなくなる。
 システム手帳を復活した。仕事以外にも時事問題をはじめ懸案事項整理など、整理して書き込むのは、記事やホームページをクリップしてスマホのエバーノートに保存するのと違って、何となく頭に整理されるような気がする。しかしそうなると少しずつページ数が増えて無秩序状態になったり、あるいは紙が破れたりしてくる。で、シャープの電子ノートに出合った。実に簡単なノート代わりだけの代物で、ただ1000ページほどの記録容量があり、フル充電すれば1月くらいは充電の必要なく利用できる。画面への書き心地も悪くはない。
 スーツの内ポケットのペンは、後ろにタブレット用のクッションがついた3色ペンの一色をスタイラスペンに入れ替えたもの。iPhone5S、iPad(もしくはiPadミニ)、手帳、自宅と会社にPC、そんなスタイルはiPhone6(プラス)、電子ノート組み込みシステム手帳、ウルトラブック(ノートPCの一種)で完結しそうな感じ、場所を変え、気分を変えながら、瞬間瞬間に処理できる。行きついた先はデジタル的アナログであった。

2014年9月7日日曜日

所謂情報リテラシー

  最近地方議員の劣化が激しい、と言われる。情けない報道も実際多い。僕なりに、次のように思う。かつて日本経済は右肩上がりに発展し、同様に年々税収が伸びた。政治はその潤沢な税収に支えられた予算をどう配分するかが第一の仕事となった。各団体はその分配の場、即ち行政に政治と言う手段で介入するようになった。団体→政治家→行政→団体→政治家----と輪環する構造が出来上がった。その中の政治に求められる人物像は強面で押しが強く、選挙に強く、当選回数を重ねられる事である。選挙に強い、と言う事は団体と強く結びつくと言うことでもある。これが昭和の政治家のイメージである。
  この団体-政治-行政と言う構造は利権構造とも呼ばれ批判される様になった。経済的な背景には成長の鈍化と税収不足がある。強面の政治家もぶん取る予算が少なくなれば、そのふんぞり返る姿は傲慢にのみ見える様になり、その対極の政治家が人気を集める。つまり多選より新人、強面より笑顔、経験より素人っぽさなどなど。しかしそんな人はどちらかと言うと選挙は風まかせ、パフォーマンスが得意で、各してマドンナ選挙に始まりチルドレン選挙、集大成として民主党の政権奪取とその崩壊となり、菅元総理は訓練されていない政治家がトップに立つと国が如何に乱れるかということを如実に表現した。
  さて、これからどんな政治家が求められるのだろうか。またその時代背景はどのようなものなのだろうか。時代背景は別の機会に述べるとして、求められる政治家、まずは本人がどの様な経歴でどのような能力と信用を培って来たのか、この事が吟味されるようになると思う。それをベースとして何を志向し何ができるのかを有権者に理解して頂く事が大事だと思う。
  それをどうやって有権者の方々に理解して頂くか、これが最大の難問である。前回総選挙頃より選挙のネット利用が進められているが、スマホがこれだけ普及してくれば、ネット活用は政治家入門の必須科目ではなかろうかと思う。所謂情報リテラシー、である。自分自身を伝えるツール、例えばネット、それをどれだけ使いこなせるかが重要に成りそれと同時に伝える情報の中身、さらにその主体の人間そのももの価値が比較されるようになる。
  PRビデオの様なものを作成し、ネットにアップする、沢山の方々に見て頂く、お金はかからない。これが沢山の方々に伝われば、選挙の度ごとに登場人物の人物像が確りと分かる様になり、まさにエントリーシートになると思うのである。

2014年9月1日月曜日

踊る阿呆

 地元から出られている方の引退や日頃仲良くお付き合いをさせていただいている吉村さんの県議への転身を受けて、今年3月頃より、時にお勧めを頂き、時に叱咤され、時に懇請を受けて参りました。自分史においては末っ子が大学進学で家を離れ夫婦だけの生活になったこと、親父の葬式をしたことなど、大きな節目を通過しました。来し方を思い遣り、時の移ろいの中で、肩に力を入れることも無く静かに考えました。
 ここ数年使っている名刺の裏の自己紹介プロフィールに「選挙、もう出ないの?と問われれば、出ないことも無いと思いますが、人生の課題としての優先順位は今のところ高くないですねと答える」、と書いていました。会社の経営や子育てなどを最優先の課題として務めて来たここ10余年でありました。
 早16年。39歳のおり県議選に挑戦しました。使命感と情熱に燃え、行動力に溢れていました。政治と言う目標、30代で勝負をかけると言う誓い、だからこそ事業を興し、経済的基盤を作ることが出来ました。その時僕は、自分自身との約束を果たさなければならないという事が第一で、勝敗は二の次であったようにも思います。選挙には負けたものの、自分自身との約束はしっかりと守ることが出来、このことがその後の自分自身の生きる力を培ったようにも思います。おかげさまでの今日であります。
 僕の体の中には「政治」と言う通奏低音が常に低くしっかりとしたリズムを刻んでいます。それ以来選挙には出ていませんが、選挙に出る事、議員になる事だけが政治の表現では無く、経済活動で地域を支えることも、しっかりと子育てをすることも、内に秘めたる政治理念の表現として捉えて来ました。「政治」は僕に試練以上に学びや出会いを与えてくれました。子供が自立し、会社も事業継承が課題になるこれから、ここまでやることが出来た、やらせてもらった地域に対し「政治」でその恩返しの活動ができるとすれば、それはとてもありがたいことだと、心が落ち着きました。地域は今後ますます限界化します。農村も中心街区もともにです。地元の意見を代弁する人がいなくなると言う事を、その地域の一員として何としても克服する責務があります。それが使命であるとすれば全力で受け止めようと思います。
  江迎町が一番元気になる千灯籠が終わりました。祭って良いな、とつくづくと思います。太鼓が響きお囃子が鳴れば踊る阿呆も必要でしょう。マツリゴトには踊る阿呆が必要です。
  踊らせて頂こうと思うに至りました。追々、主張を述べさせていただきます。

2014年8月11日月曜日

原点に帰る!

 会社を起こして22年になる。起業が比較的容易なこの業界では、常にライバル会社が現れそして消えていく。正確に表現すればライバル会社が現れ、それらと共に生存を競い、優勝劣敗、どうにか弊社は22年の社歴を歩んだという事である。徒手空拳の出だしは何もなく、ただ生命力だけ、露と消え去るリスクは一番高い。社歴と共に信用は増し経験・人材・技術も蓄積される。何となく、これまでもそうであったようにこれからも継続しそうな気もする。「ゴーイングコンサーン」(企業が継続することの価値)と言う考え方があるが、継続することに価値があるとすれば、継続が途切れる、倒産するリスクと言うのは継続と共に日々拡大していくという事でもある。まして、日々、経営者の生命力が磨滅していく。
 地主から遊休地を任され、草を払い、看板を作り、かつてそんな一連の作業を一人でやっていた。更に当時はワープロでチラシを作り、輪転機で刷ってポスティングをした。まさに生きる力にみなぎっていたように思う。今、そのパワーが体の奥底から湧いてこない。そんな大きな会社になったわけでもない。裕に遊んで暮らせる大金を手にしているわけでもない。欲がないと言えばそれまでではあるが、この一段落感、これが自分自身、情けない。「北野君、この土地売ってよ」とお付き合いの社長に言われた。廃業で資材等の置き場所として確保していた土地が不要になったのである。看板を作り草を払い、チラシを作る、久々に、全部自分でやることにした。
 結婚し3人の子供が生まれ、成長し親元を離れた。色々な局面で否応なく一段落感が押し寄せてくる。子育てのために封印していたはずの野心は、いつの間にか霧消している。子供やまだ見ぬ孫の成長や活躍を頼りに生きる好々爺になってしまうのか。
 今一度原点に帰り、「頑張れ、俺!」と自分自身を叱咤激励し、人生集大成の20年を過ごさねばと思う、今日この頃である。
 
 

2014年5月16日金曜日

写真の表示

 なぜか過去の投稿の写真が表示しなくなった。動画はひょうじできているようだ。なぜだろう、詳しい方、教えてください。

2014年5月14日水曜日

ブログ復活のためし

ブログ不調、試し投稿。

2014年3月5日水曜日

2014年1月5日日曜日

年が明けて


3日にゴルフをして4、5 日、肉体労働で汗を流した。内臓に蓄積されウジウジしているアルコール分を抜かなければ、月曜からの仕事に調子が出ない。
 槙の木の生垣をバッサリとカットした。見通しが良くなり、良い気持ちになる。絶景もいいけど、普段に見慣れた風景も良いものだ。日常に日常が時に重なりながら繋がって行く。縁に腰を降ろして、生垣の向こうに見慣れた景色、年明けの陽光を有難く思い、何となく今年も行けそう、と思う。

2013年12月3日火曜日

師走かな・・・

  いよいよわが家の師走がスタートした。この時期になると妻の学校からの持ち帰り仕事の量が増える。朝、テストや作文などの採点や自作教材などが炬燵の上やその周りに散乱している。妻もこの時期までは気力体力は充実しているようで、それは散らかり具合からも伺えるのだが、ここに通知表が積み上がる頃に疲労がピークを迎える。朝のこの様子を見て、ふと思うことがあった。
 まず、2か月ほど前か、教職員の残業を問題にした新聞記事があった。年間相当な時間になるらしい。それを残業賃と言うものに換算するかどうかは別問題として、それが相当な時間になることはわが家でも実感している。いっそ、学校にタイムカードを置いてはどうかと思う。首都圏ではおいている学校も多いという。しかし使用実態は、出勤時に押して、退勤時には押してはならないとなっているらしい。
 司法試験改革で弁護士が増えて、同時に食えない弁護士も増えて、サラ金の過払い金請求が今や弁護士事務所の大きな収入源であるらしい。その次の収入源として弁護士事務所が狙いをつけているのが「未払い残業賃」であるらしい。サービス残業を強いられた労働者が、その会社を辞めた後請求するのである。殆ど、労働者が勝訴するらしい。いつの日か学校もそうなるのだろうかと、ふと思ったりする。うちの場合、何となく天職との思いも強い様で、「残業賃」的な感覚は無い様ではあるが、ゆとりはあったがいいなと、思う。
 思ったことの第2。綺麗な墨字を見て「板書」と言う言葉を思い出した。小学生の頃、校門を過ぎた左手に掲示黒板があって、週間や月間、学期の目標や道徳的な言葉などが絵を添えて書かれていた。とても綺麗な字であった印象が遠い記憶の向こうにある。1年生の時の担任の女性の先生も、とても綺麗な板書であった。教育委員をしているとき学校の授業を視察することがよくあった。板書がきれいな先生、そうではない先生、いろいろである。板書は綺麗であって欲しいな。この板書も教師の技能の表れで、その思い入れは見るものに伝わる。
 先生も走らねばならない、忙しい。忙しくあることの楽しさを感じつつ、頑張りましょう。
 

2013年12月2日月曜日

玉ねぎを植える

 

 去年は玉ねぎの苗を800本ほど植えた。生育の途中で病気が出たものか、相当数がいつの間にか消えていた。しかし生き残り、出来上がったものは玉の大きさと言い、重量感と言い、満足の出来で、しかも甘くとてもおいしかった。刺身や焼き魚には普通白菜やキャベツの千切りなどが添えられるが、わが家ではずっと玉ねぎをそえる。いや、むしろ玉ねぎに魚が添えられているように感じている。
 で、今年は1000本、植えることにした。どうしたら効率的に短時間で植えることができるか、考え、実践している。去年は溝を切り、苗を並べて、クワで土をかぶせる、と言う方法で、やってみた。この方法だと苗が寝た状態になり、その分間隔が広くなる。植え付け後、「何でこのよに間、開けたと」と、隣のおんちゃんから教育的指導が入る。今年はオロナミンCの瓶の口側でポンポンポンと土中に穴を開け、苗を差し込むように植えた。何となく、いい感じ。しかし中腰での作業時間が長く、足腰には相当の負担がかかるようである。痛い。
 連作にならないよう去年植えつけの場所から離し、石灰を撒き、堆肥を入れ、隣のおんちゃんからもらった海藻の切れ端のような肥料を投入し、さらに植えた後、草の押さえにも良かろうともみ殻をかぶせた。このもみ殻は近くのコイン精米からもらってきたもので、クズ米も少し混じっている。何となく栄養価も高そうな気がする。良いものができそうな気がする。今回は真面目な農民以上に真面目に取り組んだ。
 そう言えば近頃、週末農業に投入できる時間が増えた。そうか、上2人の子供が大学生になり家を出たからか、とふと気づく。来年、末の子が家を出れば、ますます時間が増える。夫婦で穏やかな時間を過ごしながら、いろいろと、やってみようと思う。