2016年5月3日火曜日

1年生議員の1年③

 12月議会での一般質問は9月議会での一般質問に引き続き、「行政改革と受益者負担」をテーマに行いました。これは受益者負担増の問題について議論を進めれば「行財政改革の一環としての受益者負担増」と言う論点での議論となり、では佐世保市における行革とは何ぞや、と言う事に論点を展開した次第です。ポイントは、果たしてこれは「行財政改革」のひとつなのか、単なる「利用料金の値上げ」による増収策ではないのか、と言う事です。
 行革とは何か。行革の目的は大きく2つあります。一つは社会の変革に合わせるための行革、そして今一つは経費節減のための行革です。
その方法は大きく分けて3つあります。
1.行政の仕組み、組織、定員などを改めて、行政の機能を向上させ、効果的効率的なものにすること。
2.行政手続法、情報公開法、政策評価などを導入し、行政を透明化、公正化すること。
3.行政の対象範囲を変更する、すなわち行政のやるべきことを、役割を見直し、特に縮小すること。
 これらを本市においては「公共施設の整理」から進めていこうというのが、基本的な考えで、この考えを整理し体系づけるために1億円近くをコンサルに支払い、制度設計をしています。公共施設は「ひと・もの・かね」の集積ですから、ここを整理しなければ行革はできません。単なる人員削減はブラック企業化の元になるだけです。
 ところがこの改革が停滞してしまいました。本来公共施設を流動化(処分・現金化)・保全長寿命化に仕分けし、保全長寿命化された公共施設において受益者負担の観点から利用料を設定する、と言う流れでした。改革の後に増収策がある訳です。改革の停滞と共に、安易な増収策が図られ、増収策が先行しました。改革は、今どの辺を進行しているのか、今後の一般質問で明らかにしていきます。
 ぜひ、中継動画を、ご覧になってください。
http://www.sasebo-city.stream.jfit.co.jp/?tpl=play_vod&inquiry_id=761

 「行財政改革」を問う
 ○ 施設白書策定の経緯及び活用について問う。
 ○ 資産活用基本方針の策定経緯及び活用について問う。
 ○ 公共施設適正配置計画の策定状況について問う。
 ○ 公共施設マネジメントにおける民間活力導入について問う。


2016年4月30日土曜日

1年生議員の1年②


当選後2回目の議会となる9月議会においては、下記の通告書により、一問一答方式で一般質問を行いました。一般質問のやり方には「一括方式」と「一問一答方式(一回目から)」「一問一答方式(二回目から)」の方法があります。

一般質問には議員一人15分の持ち時間があり、会派で集計します。私が属する緑政クラブは8名の最大議員数で、15分×8人=120分が会派に与えられる持ち時間です。全員が毎回一般質問をするのではありませんので、その議員分が一般質問をする議員の持ち分15分に上乗せされ、20~30分の時間で一般質問を行います。共産党は1人会派ですので、毎回15分の一般質問をされます。私は最大会派の恩恵で毎回、時間の余りを頂き、一般質問をすることができます。2年目の今年も、毎回やろうと思っています。

「一括方式」は、冒頭に一括して質問を行い、市当局の答弁を得て再質問、再々質問を行います。質問回数は冒頭・再・再々の3回と決められています。市当局とのすり合わせができますので、一定の政策提言をして、それを市当局に認識・採択させる場合などには効果的です。一方「一問一答方式」は質問力、質問の技術が問われます。質問は何回でもでき、深く掘り下げることができます。その分市当局とのすり合わせが難しく、真剣勝負の緊張感があります。

この一問一答方式で、真剣勝負を挑みました。動画をぜひご覧下さい。



テーマ

公共施設等の利用者負担の考え方について

○ 意思決定と執行のあり方について問う。

○ 公民館活動と受益者負担の考え方について問う。

○ 公会計における減価償却費の考えについて問う。



 これは初当選後暫くして地元江迎町の地区協議会にオブザーバーとして出席した折、市本庁からの説明職員が、公共施設の利用者負担金を上げる旨の説明を滔々と、当然の如く行っていることに、端を発しています。私はその際

「6月の議会において委員会や本会議で公共施設の値上げが審議されたり、議決されたりはしなかったが、どのような根拠で、そのような話をしているのか」と質問したところ

「議会において、何回となく協議をしている」、概略そうした答えでした。

 私はその後先輩議員に確認するも、らしき話はあったがそのような事は決まっていない、とのことでした。そこで上記テーマでの質問となった次第です。



 本年4月から、受益者負担として何もかもが料金徴収となり、事務は煩雑化しているようで、いろいろな課題が浮き彫りになっている様です。文教厚生委員会において見直し規定を議決していますので、改善すべき点はこれから、改善しなければならないと思います。

2016年4月28日木曜日

1年議員の1年①


27年6月議会 初めての一般質問
動画がご覧いただけます。

主な内容
1 佐世保市総合戦略策定に向けた取りまとめの状況について

第6次佐世保市総合計画をより具体的に、今般の総合戦略に組み込むことが肝要であると考えるが、これまでのスケジュール説明では、この6、7月は「それぞれの主体でできることを探す」「他者との連携でできることを探す、連携の仕組みを検討」となっている。その現状を問うものである。



2 産業連関表「佐世保版」の作成について

地域の産業構造を知るツールとして総合戦略の策定にあわせて、産業連関表の作成に取り組む地域もあるようだが、総合戦略の立案・策定、さらに成果の検討など、今後においても産業連関表「佐世保版」が必要ではないか、本市における取り組みを問うものである。



3 大規模法人農業の誘致、育成について

企業誘致としてこれまでの機械・技術などの工業系から幅を広げ、6次産業化により波及効果の拡大も期待できる大規模法人農業の誘致、育成を図ることはできないか。

本市における大規模法人農業の実態と課題をどのように認識するか。「中核市になる」とは圏域全体の発展を牽引する中心的な役割を担う、ということであるが、特に産業政策において具体的にどのようなことが考えられるか。圏域の共通項は「農」であり、大規模法人農業の誘致をきっかけとして、西九州道が延伸し、四通八達の地の利を得、平戸市、松浦市と接するこの圏域に農業・農産加工・食料など「食の安全」などをキーワードとした産業集積を図り、圏域の発展を牽引してはどうかと考えるが、当局の考えを問う。



これが、初当選第1回目の6月議会における一般質問である。

1の地方創生の総合戦略関係は、今年度具体的に動き出さなければならない。地方の独自性、創意工夫と言われているものの、中央から提示される政策パッケージの表装し直しの感がしないでもない。地方創生の加速化交付金に対しどのように取り組まれたのか、今度の6月議会における一般質問のテーマである。

2の産業連関表の作成は、コスト的に対応できないという事であった。ただ現在地方経済分析システム(リーサス:regional economy and society analyzing system)が国から提供されており、その分析スキルがどのように熟練されているか気になるところであり、これも6月一般質問で確認したい。

3の中核市に伴う圏域連携、特に農をテーマとしたグランドデザインは、これから大きなうねりにしていかなければならない。仕込み中である。

2016年4月11日月曜日

市政報告:吉井地区公民館等について



この画像は打ち合わせのためのイメージ図とされています。大まかこうした間取りで検討が進められています。「吉井地区公民館・福井洞窟ガイダンス施設整備事業」として進められ、4000万円ほどの予算がつき、今年度建物基本設計などが行われます。

 29年度に実施設計、30年度から建築工事に入ります。現在の公民館を中心にこうした行政施設が集約され、便利になるようには思いますが、吉井地区の住民の皆様方は、いかがお考えでしょうか。

2016年3月28日月曜日

長崎新幹線のお話 終わり

佐世保線の輸送改善について
 表定速度と言う概念がある。途中駅での停車時間も含めた平均速度のことで、博多〜大分間は時速89キロメール、対してJR佐世保線では時速52キロメールとなっている。なぜそんなに遅いのかと言うこと、次の理由がある。
 •曲線通過時の速度制限  半径600メートル未満の割合が武雄温泉〜有田駅間で21%、有田駅〜早岐駅で32%、早岐駅〜佐世保駅で48%となっている。
 •縦断勾配、要するに高低差。武雄温泉駅〜有田駅では10%超が57%、15%超が
35%、20%超が18%となっている。
   輸送改善=高速化を図るためには、曲線を改良したり、カント修正(外側の線路を高くする)、また振子機能(曲線通過時に車体を傾斜させる)付きの車両を導入すると言う方法が一つ。次に枕木をPC(プレストコンクリート)枕木にする。しかも高速になるにつれ枕木間を密にしなければならない。また佐世保線では全通過駅で行き違い可能になっているが、それを一線スルー化にするなどの改良改善が必要である。
 現在特急みどりは最高速度時速95キロメールで走行しているが、上記の改良などを行い最高速度を110キロメールで走れる様にすると、博多〜佐世保間、5分ほど時間短縮が出来る。特急かもめの様に振子機能がある車両を導入し最大限の高速化を行い最高速度時速130キロメールを実現しても時間短縮効果は11分前後とされている。
  FGトレインが佐世保線に導入された場合、どの位の時間短縮ができるのか、そのための費用はどの程度必要なのか、いわゆる費用対効果、4月中旬には報告書ができる様である。
  その際はまたご報告いたします。

2016年3月26日土曜日

長崎新幹線のお話④

 平成34年にフル規格で長崎ー武雄温泉間が完成する。この間は新幹線が運行する。武雄温泉駅で在来の特急に乗り換えて博多へ行くこととなる。FGトレインが平成34年の中旬、2編(8輌で1編)、順調に行けば完成する。FGトレインは武雄温泉駅から在来線に乗って、博多まで行く。九州新幹線の新鳥栖駅にアプローチできるのは平成36年になる。その頃にはFGトレインも量産され、長崎を出たFGトレインは武雄温泉駅で軌道を変え在来線に乗り、在来線を走り、新鳥栖駅で軌道を変え九州新幹線に乗って博多へ行くことになる。現状においては、平成36年の完成形でも2回軌道を変えなければ博多まで行くことはできないのである。完成形において、長崎新幹線、長崎博多間は1時間20分、現行在来特急に比べ28分短縮される。
 ビミョー、ってな感じである。

2016年3月24日木曜日

新幹線の話 番外政界周辺人物遍

 新幹線など巨大なプロジェクトが動き出す時、利権をめぐりドラマが繰り広げられる。新幹線早岐近接ルートの際には某代議士系が土地を買いあさったという噂が流れた。また上五島洋上備蓄基地の建設に際しても、別の某代議士系の地上げが噂された。
 五島出身で福田派所属議員秘書の経歴を持つS不動産会社M社長は、まずこの上五島洋上備蓄基地の頃から、その世界で名を馳せる事となる。その後長崎新幹線が膠着状況に陥ったさなか、新幹線の長崎駅に予定されていた場所にプリンスホテルを建てた。S社長は最盛期には住専から4000億の資金を引き出したと言われたが、バブルがはじけ、プリンスホテルも手放し、世の喧騒から少しずつその名前が消えて行った。
 ところが何と、2007年、朝鮮総連本部ビル売却問題で登場する事となる。詐欺容疑で逮捕されたのだが、一緒に逮捕された緒方重威は何と元公安調査庁長官、である。そのニュースを見たとき、このM社長って、あのM社長かな、とにわかに信じがたく、しかし、あのM社長なのである。大物さが、初めて分かった次第である。
 リレー方式とは、長崎から新幹線に乗って、武雄温泉で在来線に乗り換えて、博多に行くという事で、あまり心が弾まない。取りえずフル規格の長崎ー武雄温泉間は線路を内側に一本加えて、在来特急を走らせた方が、乗り換えなしで便利なような気がする。ましてほとんど高速バスを利用している、価格差はどうなるのだろう。
  県の職員が長崎新幹線にまつわる情報を建設会社社長に漏らし、捕まった。もらった金額は72万円である。
 話が、小さくなってしまった。

2016年3月22日火曜日

長崎新幹線のお話③

決して密約と言う事ではなく、佐世保市にもそれなりの文章が残され、「むつ」の修理引き受けとリンクして、長崎新幹線が現実味を帯びてきたのは間違いない。時系列には昭和48年11月10日九州新幹線西九州ルート路線決定、昭和50年、むつ受入れ打診、昭和53年10月16日、むつ受入れ、となっている。
 昭和60年1月22日、一般的にアセスルートと呼ばれる佐世保市早岐駅に近接するルートが発表された。しかし昭和62年4月には国鉄はJRへ変わり、より採算性が問われるようになった。長崎新幹線は膠着状態に陥り、遂に平成4年12月5日、アセスルート(佐世保よりルート)を断念する旨の知事・市長共同声明が出されることとなった。
 佐世保市議会には知らされることも無かったことから、市議会は市長に対し問責決議を可決し、さらに議長が辞職する事となった。その後佐世保市議会は県全体の発展と言う観点から「苦渋の決断」をし、短絡ルートを受け入れ、それを進める中で、佐世保線の輸送改善に取り組むこととし、また県においても「九州新幹線等の整備に関する基本的考え方」を平成4年11月24日に示し、県議会全員協議会においても了承されている。
 以上の様な経緯で、長崎新幹線については、何か事が動けば、当然に佐世保市に言うべきである、と言うのが佐世保市の基本的な考えなのである。
 その長崎新幹線、今どんな話になっているのか、佐世保線の輸送改善って何、と言う事であが、話があまり盛り上がらないのは、何となく、分かります。
つづく

2016年3月20日日曜日

長崎新幹線のお話②

 昭和48年11月10日、九州新幹線西九州ルートの路線決定が行われた。ただ路線決定したからと言ってトントンと進むのではなく、新幹線は時には平然と昭和の三大バカ査定(戦艦ヤマト・伊勢湾干拓・青函トンネル)に類して表現されるなど、すんなりとはいかない。そこで、知恵が絞られる。
 昭和50年、原子力船むつが放射能漏れを起こし、修理を受け入れる港がなく、洋上を漂流することになった。それを受け入れるところは、すでに米軍の原子力艦艇が入るなど核アレルギーが少なく、放射能監視体制があり、修理機能を備えた造船所があることなどから、佐世保市しかない、と言う事になった。そこに登場するのは、辻一三佐世保市長、久保勘一長崎県知事、松田九郎県議会議長、三木武夫首相、自民党河本政調会長など。こういう時は
「何してもらえば、何する事は、政治の務めですから」とか
「何が、何せん時は、何しますから」とか
「そうそう、あなたの言う通り、僕の思う通り」何ぞと会話しながら、政治的な妥協が図られる。
 昭和51年2月10日、三木総理大臣から久保知事、辻市長に対し、佐世保港での「むつ」修理について要請がなされた。その後三木首相はむつの見返りは十分検討すると語り、久保知事が河本政調会長にむつ見返りは長崎新幹線の即時着工であるとの念押しを行うなどし、核封印方式など知恵が絞られ、昭和53年10月16日、むつは受け入れられた。
 三木総理の三木派はその後河本政調会長の河本派となるが、久保知事は知事になる前は三木派の参議院議員、松田九郎県議会議長はそうした流れの中で、その後河本派の代議士となる。河本敏夫は「クリーン三木の濁一点」と時に評された三木派の資金調達係で、大手海運会社三光汽船の実質的オーナー、その後衆議院選挙に際し三光汽船からバルクキャリア船をSSKに大量発注し、松田九郎をSSK丸抱え支援させ、松田九郎の初当選を支えたと、言われた。
つづく

2016年3月19日土曜日

長崎新幹線のお話①


 近頃、佐世保市議会や佐世保市において、長崎新幹線の議論が局地的に沸騰しているように感じる。「局地的」と言う表現が正しいのかどうか、とりあえず内容を良く知ることが第一である。
 都会から故郷へ帰る者は、まず新幹線に乗って、故郷へ近づくにつれ、乗り換える乗り物はスピードが落ち、地域的な交通手段で到着する。平成34年には、何と長崎から新幹線に乗って、武雄温泉で在来に乗り換え、博多でまた新幹線に乗り換える事になる。これは人々の生活が便利になることかなのか、普通に考えれば普通の答えが返ってくる。だから一部で盛り上がったような議論が一部関係者の間でしか、盛り上がらない。
 一部関係者には佐世保市も含まれる。FGT(フリーゲージトレイン)、いわば複数の軌道幅に合わせることができる新幹線、が完成しない事で、リレー方式とか騒がれ始めた。そうした事が国土交通省から発表され、説明されるのだが、長崎県、長崎市、そして沿線の大村、諫早、さらには島原半島の自治体には説明会の声がかかるのだが、その席に佐世保市は呼ばれていない。
 「何でや」となる。
 「お前たちは(誰の事かはさておき)、誰のおかげで、新幹線が、長崎に来るごとなったか、分かとっとか」と言う事である。
 「いっちょん分かっとらん」となり、何でも不手際を知事が詫びに来るらしいとか、佐世保市や議会の幹部が集まるらしいとか、ひそひそ話が、もわっとしている。
 一年生議員の僕は、それはどういうことなのだろうと、改めて知る事から始め、大方の内容を理解した時、さて、
 「どうっちゃならん!」と怒りがこみあげてくるのかどうか・・・・ 
   つづく